生きる楽しみ、生活の楽しみ その3
「スマイルすまい」の“ボクとワタシの「幸福論」”に「手を動かす」という多くの方の心を温めたエッセイを書いてくれた吉本ばななさん。そして、同じコーナーにご登場いただいたのがアフロえみ子こと稲垣えみ子さん。実は、互いの大ファンということを聞き、早速対談をしていただきました。やはり、予想通りだったとてつもなく面白いお話をお届けします。
消費という行為にのまれないように暮らす
稲垣 節電生活を始めたのは3.11がきっかけで、今では掃除機も洗濯機もエアコンもない暮らしですけど、これが案外どうってことないんです。っていうか、むしろ暮らしが単純で楽になりました。といっても人にはなかなか理解してもらえなくて、主義主張のために頑張っている、無理していると思われちゃうんですよね。朝日新聞の論説委員をしていたときも、社説が書けなさ過ぎてストレスで体調を崩したことがあったんですけど、そのときもエアコンがないせいじゃないかと勝手にうわさされたりして。
ばなな でも、家電メーカーがエアコンをくれたかもしれない(笑)。
稲垣 いや、いらない、いらない(笑)。っていうか実際、冷房をガンガン効かせていたときの方がよほど体調を崩していたと思います。冷蔵庫の話に戻りますが、普通、冷蔵庫があると、食材って取りあえず買って冷蔵しておこうという発想になりますよね。
ばなな なりますね。
稲垣 取りあえず買っといて、後から使い方を考える。“冷凍”はさらに「取りあえず」度が高くて、売る側も「取りあえず冷凍しとけば大丈夫ですから」って勧めるでしょう。そのうちに、これも食べたい、あれも食べたいってどんどん食べたいものを買うことに歯止めがなくなって、記憶もだんだん定かじゃなくなって、冷蔵庫の中であらゆるものが腐っていく。それって結局、自分が思い描いていた夢とか欲がどんどん腐っていくことと同じなんじゃないかなって。
ばなな 忘れちゃうんだよね。そうやって思い付いた格言が、「冷蔵庫は人生を腐らせる」ですか。
稲垣 今、家には冷蔵庫がないから、今日必要な食材だけを今日買うしかない。未来を考えないわけです。これが本当に楽、爽やか! 刹那を生きているって、夢も目標もないって素晴らしい。取りあえず今日は何とかなった、終わり!みたいな。明日のことは明日考える。夢とか目標をいつも持ってなきゃっていう強迫観念があったんですけど、それがまったくなくなりました。
ばなな 私たちって、小さな頃から何十年もかけて洗脳されているから。なかなかそういった、いわゆる“常識”から抜けられないですよね。
稲垣 そうです、そうです。なかなか抜けられないんです。
ばなな 私も結構、時間かかりました。まだ、一部はゴージャスなまんま生きていますけど。
稲垣 どんなところをゴージャスに?
ばなな 行きたいなと思ったら高級ホテルに泊まっちゃうとか、そういうゴージャスかな。
稲垣 ホテルのバーとか、いわゆる空間がお好きなんですね。
ばなな そうですね。空間と食べ物かな。私にはレストランで本気で料理に打ち込んでシェフをやっている友人も多くて、彼らの店でご飯を食べることも大きな楽しみ。ただ、“消費”っていう行為にのまれないようにはしています。仕事とかではなくて、一人で行動する場合はどういう感じの宿に泊まって、どういう味のレストランに行って、あるいは行かないっていうのは、すごく意識して考えながら決めている。
稲垣 のまれそうになるってこと、ばななさんでもあるんですか?
ばなな いやいや、普通にのまれながら生きてきたんじゃないですかね、時代的には。例えば高校のとき、お化粧の研修の人、来たでしょう。化粧品会社から学校に。
稲垣 うちはなかったかも。でも、それって考えてみたらすごい。
ばなな 普通に受け入れてた。これって消費を促進する宣伝活動じゃん!っていうカラクリに気付いたのは、バブリーな時代を駆け抜けてから以降です。まあ、これはこれでいいかっていう部分もいっぱいあったけどね。ちなみに万が一、今でいう「EXILE」みたいな感じの男性と付き合ったりとかしてたら、自分はどうなったかって思ったりしませんか?
稲垣 エ、エグザイル・・・・・・?
ばなな 例えばですけど、最先端の冷蔵庫が好きそうな人と恋に落ちたとしたら、稲垣さんの場合、住む場所を分けるって感じですか? やっぱり。
稲垣 多分ねえ、そういう人と恋愛しない(笑)。
ばなな でも、分かんないじゃないですか、遺伝子が呼び合って。
稲垣 どうですかね。まあ、住んでいる家が一緒だとしても生活は分けますね。
ばなな やっぱそうですよね。例えば、相手がチキンナゲット20個をあさってまでに食べるからって冷蔵庫に入れていて、自分は嫌だなって思うんだけど、捨てちゃうわけにもいかないとか、人と暮らすってそういうことですよね。あと、大量の冷凍食品を買ってきたりとか。私の一存では決められないよなって思うときがあるでしょ。家族がいると。
稲垣 あ、それは本当によく言われます。確かに今みたいな極端な実験みたいな生活ができるのは、完全に私が独身だから。こうしようと思ったことは、すぐにできるじゃないですか。家族がいたりすると「冷蔵庫を使わない」って宣言した瞬間に、そりゃあ大もめですよ(笑)。うちの家族にも「あんたは独身だからできるのよ」ってよく言われます。でも、うちの姉は結婚していて、私とはまったく違うタイプで物をすごくたくさん持っている人なんですけど、今年、エアコンをやめたらしい。
ばなな わあ! 稲垣さんの影響を受けて?
稲垣 いやどうなんだろう、きっかけは聞かなかったんですけど。姉は本が好きなので、私の本は一応読んでくれるんです。でも「えみちゃんの本を読むと私は苦しい」と(笑)。そこを突かれたくないのに、鋭く突いてくるからと。でも、エアコンやめてみたら「すごくよかった」って言っていますよ。例えば冷房に慣れると、外が暑く感じますよね。
ばなな そうですね、外出した瞬間に「ギャー!」ってなります。
稲垣 そうそう。昼よりも夕方は当然涼しいんですけど、ずっと冷房つけていると当然家の方が涼しいから、夕方、涼しくなっても外に出たら、「うわー、あっつー!」みたいな。自然の涼しさと暑さの基準が、エアコンやめて初めて分かるようになったと言ってました。いや本当にそうなんですよね。快適を生み出す装置って、実は同じくらい不快も生み出していたりする。
公開日:2018年02月15日
稲垣えみ子
元新聞記者 1965年、愛知県生まれ。一橋大学社会学部卒業後、朝日新聞社に入社。大阪本社社会部、週刊朝日編集部などを経て、朝日新聞論説委員、編集委員。アフロヘアと肩書のギャップがネット上で大きな話題となった。2016年1月、退社。同年4月、テレビ番組『情熱大陸』でアフロヘアや超節電生活をクローズアップされ一躍注目される。著書に『死に方が知りたくて』(PARCO出版)、『震災の朝から始まった』(朝日新聞社)、『アフロ記者が記者として書いてきたこと。退職したからこそ書けたこと。』(朝日新聞出版)、『魂の退社』『寂しい生活』(共に東洋経済新報社)、『もうレシピ本はいらない 人生を救う最強の食卓』(マガジンハウス)がある。
吉本ばなな
小説家 1964年、東京生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。87年『キッチン』で第6回海燕新人文学賞を受賞しデビュー。88年『ムーンライト・シャドウ』で第16回泉鏡花文学賞、89年『キッチン』『うたかた/サンクチュアリ』で第39回芸術選奨文部大臣新人賞、同年『TUGUMI』で第2回山本周五郎賞、95年『アムリタ』で第5回紫式部文学賞、2000年『不倫と南米』で第10回ドゥマゴ文学賞(安野光雅・選)を受賞。著作は30カ国以上で翻訳出版されており、イタリアで93年スカンノ賞、96年フェンディッシメ文学賞<Under35>、99年マスケラダルジェント賞、2011年カプリ賞を受賞している。近著に『吹上奇譚 第一話 ミミとこだち』(幻冬舎)『切なくそして幸せな、タピオカの夢』(幻冬舎)がある。noteにてメルマガ「どくだみちゃん と ふしばな」を配信中。『すべての始まり どくだみちゃんとふしばな1』『忘れたふり どくだみちゃんとふしばな2』(幻冬舎)として書籍化されている。『お別れの色 どくだみちゃんとふしばな3』が2018年11月23日に発売される。(プロフィール写真撮影:Fumiya Sawa)
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スマイルすまい編集部
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