家が紡ぐ物語 旧白洲邸 武相荘編 第4回

家が紡ぐ物語 旧白洲邸 武相荘編 第4回

棚澤明子

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武相荘を歩く(4)

※トップ画像は、写真提供:旧白洲邸武相荘

第2次世界大戦敗戦後、あのマッカーサー元帥と対等に渡り合い、日本国憲法成立に携わる中で「従順ならざる唯一の日本人」とGHQに言わしめた白洲次郎。
樺山伯爵家の次女として生まれ、骨董(こっとう)を愛し、着物を愛し、数々の書物を残した「当代随一の目利き」と言われた白洲正子。
白洲夫妻がその後半生を暮らした茅葺き屋根の家が、町田市指定史跡として東京都町田市にのこされています。
その名も「武相荘(ぶあいそう)」。

かつて鶴川村と呼ばれていたこの地域が武蔵国と相模国の境目にあったことに、家主の“無愛想”をかけたといわれるネーミングがキラリと光ります。

荒れ果てていたこの農家を買い取り、3人の子どもたちを連れて白洲夫妻が東京・水道橋から移り住んだのは戦時中であった1943年のこと。
疎開の意味合いに加えて、欧米事情に通じていた次郎が敗戦と食糧難を予想して、農業に専念できる環境を選んだことがその大きな理由だといわれています。
イギリス文化の中で青春時代を送った次郎としては、地方に住んで中央の政治に目を光らせるイギリスの“カントリージェントルマン”を地でいこうとしたのかもしれません。

二人は茅葺き屋根の下でどのように暮らしていたのでしょうか。
白洲流、白洲スタイルと、後世の人々が憧れる暮らしの真髄はどこにあるのでしょうか。
白洲夫妻の気配を感じたくて、旧白洲邸・武相荘に足を運んでみました。

武相荘で食べる白洲家流カレー

旧白洲邸「武相荘」

武相荘訪問の最後に、レストランで「海老カレー」をいただきました。
正子の兄がシンガポールに行った際に友人宅で作り方を教わってきた、というそのカレーには、キャベツの千切りがたっぷりと添えられています。野菜嫌いだった次郎がカレーに添えられたキャベツなら残さずに食べたということから、白洲家ではこのカレーが定番になったとのこと。

海老カレー

一つのお皿の上でカレーとご飯とキャベツをかき混ぜると、見た目はイマイチですが、スパイシーで香り高いカレーとキャベツの素朴な甘み、ぷりぷりとしたエビの食感としゃきしゃきとしたキャベツの歯応え、正反対の要素が混じり合って、絶妙な味わいと食感が生まれました。
「ちょっとかっこ悪いけど、うまいだろう?」
得意げな次郎の声が、すぐそばから聞こえてくるようです。

世の中の常識や流行には目もくれず、自らが良いと思ったことを気ままに貫いた白洲夫妻。
それが後世に残り、洗練された白洲スタイルとして語り継がれていく。
白洲夫妻の生き方は、このカレーに凝縮されているような気がしてなりませんでした。

マッカーサー元帥に物申した次郎も、骨董(こっとう)や着物の価値を見抜いた正子も、その根底にあったのはぶれることのない自身の価値観であり、判断基準でした。
何かに迷ったときは、ただただ内なる声と大いなる自然に身を任せたに違いありません。
だから彼らは自由だったのでしょう。
平成の世を生きる私たちは、物に不自由することはなくなりました。
けれども、種々雑多な情報が手に負えないほどあふれる中、見知らぬ人々の声に縛られることも多々あります。
そのような日々に不自由さを感じてため息が漏れるとき、私たちはまるで助けを求めるかのように、白洲夫妻の姿を思い浮かべるのではないでしょうか。
新たなレジャースポットがどれだけ増えても、武相荘を訪れる人は後を絶ちません。

「恐れずに好きな道を選び、好きなように生きてごらんなさい」
「迷ったら、立ち止まって自然の声に耳を澄ましてごらんなさい」
武相荘のあちこちから聞こえる二人の声は、現代を生きる私たちにとってひとつの指標であるように思えてなりません。

旧白洲邸「武相荘」 

参考
『白洲正子“ほんもの”の生活』 白洲正子、他 新潮社
『白洲次郎・正子の娘が語る 武相荘のひとりごと』 牧山桂子 世界文化社
『白洲家の日々 娘婿が見た次郎と正子』 牧山圭男 新潮社
『次郎と正子 娘が語る素顔の白洲家』 牧山桂子 新潮社
『白洲家の晩ごはん』 牧山桂子 新潮社
『和樂ムック 白洲正子のすべて』小学館
『ゴーギャン2007年7月号 <特集・男が惚れる白洲次郎という男>』東京ニュース通信社

取材協力:旧白洲邸 武相荘

所在地:東京都町田市能ヶ谷7-3-2
開館時間:ミュージアム 10:00~17:00(入館は16:30まで)入館料1050円
※ミュージアムへの入館は中学生以上
ショップ 10:00~17:00
レストラン&カフェ 11:00~20:30(ラストオーダー)
定休日:月曜日(祝日・振替休日は営業)※夏季・冬季休業あり

公開日:2017年06月21日

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棚澤明子

フランス語翻訳者を経てフリーライターに。ライフスタイルや食、スポーツに関する取材・インタビューなどを中心に、編集・執筆を手がける。“親子で鉄道を楽しもう”というテーマで『子鉄&ママ鉄の電車お出かけガイド』(2011年・枻出版社)、『子鉄&ママ鉄の電車を見よう!電車に乗ろう!』(2016年・プレジデント社)などを出版。TVやラジオ、トークショーに多数出演。ライフワーク的な仕事として、東日本大震災で被災した母親たちの声をまとめた『福島のお母さん、聞かせて、その小さな声を』(2016年・彩流社)を出版。

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